吉田松陰#1

ーーーーー吉田松陰は「言行一致」の人であるーーーーー

  • 僕が吉田松陰を好きになった理由

こんばんは。本日から、社会科教員の私が歴史上の人物で最も好きな吉田松陰についてブログを書いていきたいと思います。

吉田松陰とか、松下村塾という名前は高校生の頃からなんとなく知っていたけど、実際何をした人なのか、何がすごいのか、全く知りませんでした。僕が好きなアニメ「銀魂」を見ているうちに、幕末が好きになり、新撰組や攘夷志士たちに興味を持つようになりました。その中の一人が吉田松陰です。いや、松陰先生です。僕ごときが好きな人物は吉田松陰!とか言うのがおこがましいくらいに偉大な人である。

松陰先生の素晴らしさに気づかせてくれたのは、職場の上司です。(僕が見ている部活動の監督さん)その人は、まるで現代版吉田松陰といっても過言ではないほどの、「行動力」を持っています。松陰先生が言う志や心構えについてたくさんの話をしてもらいましたし、自分に足りない部分を松陰先生の言葉を使ってわかりやすく説明してくださいました。

僕は、昔から記憶力だけは良くて、一丁前に知識だけは持っているようなヤツでした。監督は、その部分に釘を刺したのです。本当に大事なのは、知識じゃなく行動だと。行動は心の表れであると。知識だけたくさん持っていても、口ばっかりで行動しなければその知識は何の意味も持たないと教えてくれたのです。それ以来、知識を蓄えて満足するのではなく、実際の行動で自らを成長させていきたいと考えるようになりました。本当に感謝しています。

松陰先生のことを紹介するには、何時間あっても収まりきらないし、まだまだ未熟者の僕なので、先生の名言をお借りしながら、共に成長していけたらなと思います。

至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり。

「講孟箚記」

真心を持ってすれば、不可能なことはない。

つまり、至誠(真心)こそが全ての行動の基本ということ!「講孟箚記」には、「偽りのない心、すなわち誠は天が人間に与えたもので、誠を思うは人間として備えている品性である。だから至誠を持って動かし得ないものはこの世に今までなかった。誠は全ての根元となるものなのである」とある。なるほど、偽りのない心=誠は誰しもが持っているのか。だから物事に取り組むときは、本当に偽りのない心で取り組め、ということであろう。確かに、手を抜きながらやったり、面倒臭いなと思ってやることは、大抵成功しない。成功しなかったらそれを自分以外のせいにしてしまうのも人間の弱さですね。失敗した時こそ、本当に誠の心で取り組んだか、自問自答したいものです。

松陰先生は性善説を信じていたと言われています。誠は誰しもが持っている=性善説ですね。人間にもともお悪い人間はいないし、その人間が悪くなったのであれば、それは良くない環境が、善性を蝕んだからである、という考え方です。このように、松陰先生は孟子から学ぶことが多かったようです。

松陰先生は志半ばで処刑されてしまったけれど、その至誠は、松下村塾の門下たちがしっかりと引き継ぎました。人は死んでも、その心は消えることはありません。久坂玄瑞、高杉晋作らがその想いを引き継ぎ、新たな時代の扉を押し開いていきます。

限られたこの人生を、至誠をもって行動したいものです。そういう時間が多いに越したことはありません。どうか皆さんも、「どうせ無理だ」とか「めんどくせえ」とか思わずに、あなたが生まれた時から持っているその真っ白な純粋な心で、生きてみてくださいね。

吉田松陰といえばこの絵です。

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